2017年4月1日(土)〜2017年4月3日(月)
2017年4月1日(土)
興福寺の阿修羅像を見た後は、金魚の町「郡山」に移動しました。
そして近鉄電車で1時間半をかけて、郡山駅から大和上市駅へ。
奈良といえども、エリアは広いです。
※郡山の旅話はまた後日にします。
今回の奈良の旅で2日間お世話になる、奈良県吉野町にあるゲストハウスへ向かいます。
夕方近くに大和上市駅に到着したため、翌日に駅舎を撮ろうと思ったのですが、
結局、翌日は寝坊&ギリギリの滑り込み乗車で撮れませんでした…。
駅前の吉野町エリアマップ。(翌日、電車発車の数秒前に撮影。)
吉野川の上を走る、近鉄電車。
当日は雲で隠れてしまっていますが、ここの夕陽はとても綺麗な風景なのだそう。
溜池?防火用の水槽なのかと、水槽を覗き込むと、数匹の金魚が泳いでました!
間違いなく郡山で生まれた金魚ですね。
※ここの金魚の謎は最終日に判明します。その話は後日書きます。
大和上市駅からのんびり歩いて、ゲストハウス三奇楼に到着です。
和も洋も感じられる古い建物。蔵もあります。
黒板にチョークで書かれた手書きの看板を見て、一気にホッとしました。
宿の入り口は旅人の疲れた心を癒す重要な部分だと思います。
渡り石を歩き、玄関前まで行くと、戸がオープンになっていました。
「こんにちは〜」
「は〜い」
三奇楼の管理人、渡會(わたらい)さんが宿の奥から出迎えてきてくれました。
今日初めてお会いするのですが、
初対面の感じがあまりしなかったのです。
吉野町の旅のきっかけをいただいた友人から、三奇楼に宿泊した時の話を聞いたり、
三奇楼HPの上市さんぽを読んだり、
友人お薦めの
d&department 奈良でも記事でお見かけしていました。
渡會さんは第1期の吉野町地域おこし協力隊をされ、
任期終了後は三奇楼の管理人をされています。
冊子版の上市さんぽ。大和上市周辺情報が掲載されているガイドブックです。
上記「上市さんぽ」よりPDFでも見ることができます。
今回は散歩ができなかったのですが、
次回訪れる際には、こばし餅店の焼き餅(上写真右)は絶対食べたいと思っています。
夕食は地域おこし協力隊をされている橋元さんと三奇楼で合流するので、
渡會さんのお話も色々と聞こうと思っていたのですが……
ちょっとしたハプニングがあり、その処理のために渡會さんは結局この日の夕食はほんの数十分でした。
宿の説明を渡會さんから受け、三奇楼で目玉とも言える、吉野杉と、檜を使った贅沢なお風呂を下見です。
その写真を撮り忘れてしまったので、三奇楼のHP(改装について)を参照してください。
三奇楼は、とても落ち着く宿でしたので、今回、宿の写真の撮り忘れがほとんどです。
最初に部屋の写真をと思い、全体がわかるような写真を取っていたはずなのですが、
散らかった私の荷物が写り込んでいたので……ブログに載せるレベルの写真がこちらになります。
写真がブレてしまっていますが、壺や木の置物など、古い物が部屋に飾られていました。
廊下には三奇楼の歴史を感じることができる、絵葉書がありました。
明治43年以降と書かれています。
変わりゆく時代とともに、改装して蘇った三奇楼。
いろんな旅人がここで疲れた体を休めていたことでしょう。
大広間もあったようなので、宴会もしていたみたいです。
2階はウッドデッキになっていて、外に出ることができます。
山の方を眺めていると、ツバメが飛んでいました。
(宿の門にあった、三奇楼のロゴマークにもなっています)
ウッドデッキからみた2階の様子。
よく見ると、渡會さんが布団を運んでいる様子が写っていました。
三奇楼のすぐそばには吉野川が流れています。
1日中ここのウッドデッキで過ごしてみたいですね。
写真をたくさん撮りたかったのですが、夕食の準備をしなくては。
近くのスーパー、ヨシストへ買い出しです。
こちらがヨシスト。
行く途中、買い物カートを押しながら、急な坂をゆっくりと登って行くおばあさんとすれ違いました。
お店に入ると、お客は私を入れて3人ほど。
お客の中にはやはりご高齢の方がいました。
若い人たちはどこで買い物をしているのでしょうか。
後から橋元さんに聞くと、大和上市近隣に大型ショッピングセンターがあるので、
車がある人はそちらで買い物をしているようです。
そして、閉店時間が20時まで。
東京で暮らしていると、24時間空いているコンビニに慣れているので、
自分の都合でいつでも食料品を買えますが、
ここの地域ではお店が主体です。
生活するのもお店のオープン時間を考慮して、一度で効率よく買い物を済ませなくてはなりません。
普段使わない脳をフル回転させた感じがしました。
さて三奇楼に戻り、台所で下ごしらえです。
古い竃がありましたが、こちらは現在使用できません。
テーブルの上には買い出しで買って来た食材。
と言っても、簡単に作れるサラダうどんに使うサニーレタス、
ヨシストオリジナル(?)の餃子と海苔巻きとシーチキン。
宿の門から内装、外装と、至る所に吉野の木を使い、そして古き良きものが残されている三奇楼。
吉野町の南工務店さんがオーナーなので、
三奇楼への愛、そして吉野を想う気持ちを感じ取ることのできる宿です。
この後、橋元さんが三奇楼に来られて夕食です。
吉野町で木育・木工を主とした協力隊の活動、吉野での生活など、色々とお話を伺いました。
橋元さんは協力隊をされる前に、職業訓練学校で木工の勉強をされています。
そして現在、協力隊の活動とともに、
[esora]という名前で、こどものための木のおもちゃ製作の活動をしています。
※橋元さんの木育ブログはこちら
私がとても気になった木の器がどのようにして作られるのか質問をしてみました。
陶芸のように、ろくろを使った陶器とは違い、木からどうやって作られるのか、どんな機械で作っているのか、
橋元さんから丁寧に説明していただいたのですが、
私は木工については全くの素人なので、想像をしながら話を聞いていたものの、
なかなか難しそうな作業だなと思いました。
翌日は木工作業をするということで、嬉しいことに作業場の見学をさせていただけることになりました。
吉野山の観光、工場の見学と、翌日も弾丸ツアーとなりそうです。
その旅話はまた次回以降に。